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和歌山地方裁判所 昭和31年(ワ)314号 判決

原告 極東機械工業株式会社

被告 京都織物染色協同組合

主文

被告は、原告に対し、金一、八〇三、八〇〇円、及びこれに対する昭和二七年一月一日から完済まで、年六分の金員を支払わねばならない。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、金六〇〇、〇〇〇円の担保を供して、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決、ならびに、担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「原告は、各種工業機械及びその部品の製造販売、加工、修理を業とする会社であるが、被告の注文により、昭和二六年五月二五日、被告との間に、精練染色整理機械一五点につき、代金を金三、六〇七、六〇〇円、契約と同時にその半額を、機械完成と同時に残額をいずれも持参又は送金支払を受ける約束の下に、いわゆる製作物供給契約を締結したところ、被告は、契約成立と同時に支払うべき右代金の半額一、八〇三、八〇〇円を支払わないから、ここに、被告に対し、右代金半額、及び、これに対する契約成立後である昭和二七年一月一日から完済まで、商法所定年六分の遅延損害金の支払を求める。」と述べ、「被告主張の事実中、(1) 被告がその主張する補助金交付申請書を提出した昭和二六年四月末頃から、業者間において本件機械類ら受註競争が行われたことは知らないが原告は、被告に対し、右申請書に添付されている本件機械類の見積書及び原価計算書を作成交付している事実からみても、当時既に被告が原告に対してのみ本件註文を発すべく定めていたことが明かである。けだし、原価計算書なるものは、本件機械類製造業者の機密事項に属するものであつて、受註の確約がなければ、これを註文者に交付することがないからである。(2) 本件契約を合意解除したことはない。(3) 本件受註代金債権の消滅時効期間が二年であるという主張を否認する。民法第一七三条第二号に規定する「居職人」「製造人」とは、手工業的製造に従事する者をいうのであつて、近代的機械設備の下において製造される本件機械製造に関する債権については右法案の適用がなく、商事債権としてその消滅時効期間は五年であるところ、被告は、同二六年八月五日及び、同二七年六月二〇日、順次本件債務を承認したから、これにより本件債権の時効が中断され、未だ完成していないものである。」と述べ、証拠として甲第一、二、五、六、九、一一、及び一二号証第三、四、七、及び一〇号証の各一、二、第八号証の一ないし四を提出し、証人大畑正、山本清、及び、岡畑正宏の証言、ならびに、原告代表者等本人尋問の結果(一、二回)を援用し、乙第五号の成立を認め、その余の乙号証は不知と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告が、その主張のような事業を営む会社であることは認めるが、原、被告間に、原告主張のような契約が成立した事実はこれを争う。(1) 被告は、昭和二六年度中小企業協同組合共同施設費補助要綱に基ずき国庫より補助金の交付を受けて、被告の組合員のために、原告主張の機械類を設置する計画を樹て、同二六年一月三〇日、通商産業大臣に対し、共同施設補助金交付仮申請を、ついで、同年四月二三日、右大臣に対し同交付申請をしたが、後の申請書に右機械類についての製造業者の見積書及び原価計算書を作成しなければならないことになつていたので、原告にこれを作成させて右申請書に添付したものであるところ、被告が右申請書を提出するや、訴外上野山機工株式会社外数社の機械製造業者間に右機械類の受註競争が行われ、原告も、再三被告に対し正式契約を締結されたい旨の申入れをしてきたが、被告は、当時右機械設置工場の買収も、組合員の増加と出資金の払込も未了であつたので、その都度右申入れを拒絶したが、同記のように、原告をして申請書に添付した見積書及び原価計算書を作成させたという事情もあるところから、同年五月二五日原告との間に、被告において原告主張の本件機械代金半額を支払つたときに効力が生ずるという停止条件を付して、原告主張の製作物供給契約を締結したものであり、右効力発生時期即ち代金半額支払可能の時期が、国庫補助金交付確定、本件機械設置工場の買収決定、ならびに、被告の組合員の増加、出資金の払込後になることは、原告においても十分了解していたものであつて、本件契約が、原告主張のように即時に効力を発するものではない。(2) のみならず、原告から、同二六年九月末頃、被告に対し、本件代金半額の支払を被告が履行しないと、原告において本件機械製造義務を履行できないとの申入があつたところ、当時被告は右支払ができない状態にあつたので、その頃、原被告間に前記停止条件付契約を合意解約したから、結局原告主張の契約は発効しないまま合意解除によつて消滅したものである。(3) 仮に、本件契約が原告主張の通り即時に発効したとしても、原告は、株式会社組織であるとはいえ、資本金僅かに三〇万円の鍛治屋的工場に過ぎず、本件機械類に附属させるモーターも他のメーカーの製品を使用するものであつて、機械工業が飛躍的な進歩を遂げた今日においては、手工業的製造に従事する者というべきであるから、本件代金半額支払債務は、民法第一七三条第二号により、契約成立の日即ち同二六年五月二五日から二年を経過した同二八年五月二四日限り、時効の完成によつて消滅した。」と述べ、原告主張の時効中断の事実を否認し、証拠として、乙第一ないし第五号証を提出し、証人細田東洋男、三間義一、及び、後藤清次郎の証言、ならびに、被告代表者本人尋問の結果を援用し、甲第一、二号証、第三号証の一、第四、及び、第七号証の一、二、第五、六及び九号証の成立を認め、その余の甲号証はいずれも不知と述べた。

理由

一、成立に争いのない甲第一、二号証、第三号証の一、第四及び第五号証の各一、二、原告代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる甲第三号証の二及び第一〇号証の一、二被告代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる乙第一号証に、証人大畑正、山本清、田畑正宏、及び、細田東洋男の証言ならびに、原、被告各代表者本人尋問の結果(証人細田の証言ならびに被告代表者本人尋問の結果の内後記信用しない部分を除く。)を考え合わせると、被告は、昭和二六年一月頃、組合員の利用に供するため、原告主張の製練機械等一五点を設置する計画を立て、その設置費の補助を受けるため、国に対して、中小企業協同組合共同施設補助金の交付を受けるべく仮申請をしたところ、同年四月頃右補助金が交付される旨の内示があつたので、同月二三日これが交付の本申請をしたこと、右申請書には、右機械類の見積書及び原価計算書の添付を要したので、被告は、原告に対し、機械設置場所の予定地等を示して、右書類の提出を求めたので、原告がこれを作成して被告に交付したこと、その後、原告が被告に対し屡々右機械受註の契約の締結を求めたところ、被告においても、右本申請当時既に原告に対して発註するつもりであつたし、また当時機械用資材の価額も高騰しつゝあつたところから、同年五月二五日、原被告各代表者と被告の参事である訴外細田東洋男が、京都市内科亭「かのこ」において会合した結果、原告主張の通りのいわゆる製作物供給契約が成立し、翌二六日、被告事務所において右三名が再度会合してその旨の契約書(甲第一号証)が作成調印されたこと、右契約においては、本件機械類の代金の半額即ち金一、八〇三、八〇〇円は、契約成立と同時に支払うと定められていたが、被告が資金事情の都合からこれが支払のため約束手形を振出したい旨を申出たので、原告がこれを容れ、満期を同年七月三一日とした金額六〇万円の手形二通、同金六〇三、八〇〇円の手形一通を同年五月末に振出しを受けることになつたところ、被告が右手形を振出さず、また、右金員の支払をもしないまま現在に至つていることがそれぞれ認められ、右認定に反する証人細田の証言、ならびに、被告代表者本人尋問の結果の各一部は、信用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

被告は、本件契約は、被告において代金半額を原告に対して支払うことを停止条件としたものであると主張するけれども、これに副う前掲証人細田の証言、ならびに、被告代表者本人尋問の結果は、前掲証拠に照してたやすく信用することができず他にこれを認めるに足る証拠がない。

二、被告は、本件停止条件付契約が、条件成就前である昭和二六年九月末頃合意解約されたから、結局その効力を発生しないまま消滅したと抗争するところ、本件契約が停止条件付のものでなかつたことは前示の通りであるから、右解約の事実の存否について判断するまでもなく失当であるが、仮に、右主張が本件契約(条件付でない前認定通りの契約)の合意解約の主張であると解しても、この趣旨に副う証人細田の証言、ならびに、被告代表者本人尋問の結果は、原告代表者本人尋問の結果(一、二回)に照して信用することができず、成立に争いのない甲第九号証をもつてもこれを認めるに足らず、他にこれを認めるに足る証拠がない。却つて、証人田畑正宏の証言、ならびに、原告代表者本人尋問の結果(一、二回)によると、本件契約は未だ解除されていないことが認められるから、被告の右主張も理由がない。

三、被告は、仮に原告主張の契約が成立したとしても、これに基ずく本件代金半額支払債務は、民法第一七三条第二号により、二年の消滅時効期間の経過により時効消滅したと抗争するので考えてみるに、右法条にいわゆる「居職人及び製造人」とはいずれも専ら人力を使用してなされる小規模な手工業ないし家内工業的仕事に従事するに過ぎない者をいい、大規模な機械や動力施設を使用しなければならなし得ないような物の製造を行い者はこれに含まれないと解すべきことは、同条の立法趣旨に照して明かであるところ、証人三間義一、及び、後藤清次郎の証言、ならびに、原告代表者本人尋問の結果(第一回)に、成立に争いのない甲第七号証の二を考え合わせると、本件機械は重量及び容積共相当大きいもので、その設置場所も広い面積を要することが認められ、この事実に前示代金額等を考え合わせると、これが製造には大規模な機械施設を要し、専ら人力による小規模な手工業的ないし家内工業的製造方法では到底製造し得ないことが、容易にうかがわれるところであるから、かかる機械の製造をなす原告を目して右法条にいう居職人、製造人ということができないことが明かであつて、仮に、被告主張のように、原告の資本金三〇〇、〇〇〇円に過ぎず、また、原告において本件機械に附属させるモーター等を他のメーカーから買入れる事実があるとしても、これをもつて右判断を左右するに足らないから、本件代金債権は一般の商事債権として五年の時効に服すべく、前記法条により短期時効の適用がないといわねばならないところ、証人田畑正宏の証言、ならびに、原告代表者本人尋問の結果(第一回)に右尋問の結果によつて真正に成立したと認められる甲第一一号証を綜合すると、昭和二七年六月二〇日、被告事務所において、被告の参事訴外細田東洋男が原告代表者本人に対し、本件代金半額の支払猶予を求めた事実が認められるから、これによつて本件代金債権の消滅時効は中断されたものというべきである。而して、本件訴状が当裁判所に受理されたのが同三一年八月六日であることは本件記録によつて明かであるから、本件代金半額債権については、未だ時効が完成していないことはいうまでもない。

四、そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被告は原告に対し、本件代金半額一、八〇三、八〇〇円、及び、これに対する弁済期後である昭和二七年一月一日から完済まで、商法所定年六分(原告がその主張の通りの事業を営む会社であることは当事者間に争いがない。)の遅延損害金を支払う義務があるわけであるから、これが支払を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 下出義明)

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